| 美術館 | 博物館 |
エルンスト・バルラッハ・ハウス
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ハンブルガー・クンストハレ
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ダイヒトア・ハレ
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住所 Jenischpark/Baron-Voght-Strasse 50a
電話 040-826085
時間 月曜休館、火曜−日曜日11-17時
交通 S1,S11Klein Flottbek Bus36,39,286 Teufelsbruecke下車
●ハンブルガー・クンストハレバルラッハハウスでは、ハンブルクで没した彫刻家エルンスト・バルラッハの作品を見ることが出来ます。その作風は、素朴で重厚な丸みを帯びた形態の内側から「魂の声」が聞こえてくるような、メッセージ性の強いものです。
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「乞食」や「飢え」といった主題からもわかるように、彼のまなざしはしばしば社会の弱者に向けられました。そうした人々を惨めに表現するのではなく、まるで優しく包み込むような彼の作風は、社会の暗部を鋭く摘出する社会性の強いものとは一線を画すものであったと言えるでしょう。たとえば、同じまなざしをもつ作家として直ぐにケーテ・コルヴィッツ(バルラッハとは友人同士)が思い出されますが、彼女の作品がどちらかというと「尖っていて」攻撃的なのとは実に対照的です。
バルラッハは、1870年ハンブルク近郊のヴェーデルに生まれ、1938年ロストックで没しています。ハンブルクとドレスデンで美術を学んだ後、1895-96年パリに滞在、また、1906年にはロシアを旅行し、彼の作品のモチーフに大きな影響を受けました。イエーニッシュ・パルクを散歩がてら、ぶらりと訪れてみてはいかがですか?
住所 Glockengiesserwall
電話 040-2486 2612
時間 月曜休館(版画素描室は日曜も閉室)
火曜から日曜日:10時−18時、木曜日は21時まで開館
交通 Hauptbahnhof-Nordから歩いてすぐ。緑色のドームの建物。
料金 大人12DM、学生6DM、グループ(15人以上)一人6DM
ハンブルクに長く住んでいても、クンストハレに行ったことがある人は意外と少ないのではないでしょうか。 実はこの美術館は、ベルリン国立美術館、ミュンヘン・アルテピナコテークと並び称されるドイツ屈指の美術館の一つです。コレクションの質の高さに反して、訪れる人が少なく(ドイツ人も含めて)、いつでも比較的静かに作品と向かい合うことが出来るのでぜひ一度は訪ねてみて下さい。● ダイヒトア・ハレ●ロマン主義
旧館と新館では、西洋の美術、ゴシックから現代までの絵画を中心に展示されています(ゴシック以前の中世美術は、美術工芸博物館Museumfuer Kunst und Gewerbeに所蔵)。ここでの膨大な展示作品の中でもとりわけ注目すべきは、ドイツ19-20世紀の美術でしょう。
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ドイツ人は自分たちをシラーやゲーテの子孫だと思いがちで、自分ちなたちもこの偉大な文豪のように深い思索家(ちなみに、そういうドイツ人にとっての良い本とは「厚い本」のことです)だと「勘違い?」している上に、自分たちを「ロマンティックな」国民だとも自負しているようです。本当にそうかどうかは議論の分かれるところですが、クンストハレでromantischな作品群を鑑賞して、自分の目で確かめてみるのはいかがでしょう。
カスパー・ダーフィト・フリードリヒの有名な《氷海Das Eismeer》を初めとして、フィリップ・オットー・ルンゲの作品の大部分が収蔵されています。ルンゲは1777年にヴォルガストに生まれ、1810年にハンブルクで没しています。彼が目指していたのは「新しい風景画」の想像でした。ヤーコプ・ベーメ以来のドイツ神智学的宇宙論の視覚化を目指したのです。彼は《朝、昼、夕、夜》という四部作を合唱を伴った一つの総合芸術として構想しましたが、残念ながら未完に終わっています。《朝Morgen》のみがクンストハレに展示されています。その神秘的かつ象徴的な朝焼けの風景から「ドイツ人のロマンチシズム」を理解できるかもしれません。
●ドイツの印象派
ドイツ印象派の旗手たちからは、ロヴィス・コリント、アドルフ・メンツェル、ヴィルヘルム・ライプル、そしてマックス・リーバーマンらのコレクションが充実しています。フランスから世界様式として広まった印象派は、ドイツでも一大ムーヴメントになりました。なかでもリーバーマンが有名でしょう。彼は、1873-78年にバルビゾンおよびパリに滞在した経験から、当初はクールベやミレー風の写実的風景画を描いていましたが、1890年頃より印象主義的な手法に変わってゆきます。ベルリン画壇の指導的役割を果たした彼は、ドイツ印象派の代表的な作品を残しました。
●マネの傑作《ナナ》
また、ドイツに印象派を誕生させたフランス印象派の作品も数多く収蔵されています。モネ、ルノアール、ドガなどは言うに及びませんが、エドゥアール・マネの《ナナNana》を見るのを決して忘れないで下さい。一人の女性が鏡の前で化粧をしているその最中、写真を撮ったかのような「瞬間」を表現したこの作品は、マネの最高傑作の一つです。今ではこの作品に何も変わったところを見つけることは出来ませんが、ほとんど下着姿の女性、しかも高級娼婦が、化粧をしているプライベートな瞬間を描写したこの作品は、当時非常にスキャンダラスなものっだったのです。しかも彼女の横にはソファーに腰掛ける一人の客が描かれているというのも、多くの良識ある人々を怒らせたに違いありません。
しかし、この絵はそうしたスキャンダラス性のみによって重要なのではありません。彼女の後ろに見られる鶴の壁掛けから、当時印象派の画家たちに強い影響を与えていたジャポニスム(日本主義)の痕跡を窺うことが出来るでしょう。さらに重要な日本の影響は、緋色のソファに腰掛ける一人の客、シルクハットを被った男性像に見られるのです。画面の右端によってその身体を半分に断ち切られている様子は、これまでの西洋の美術には存在しなかった新しい構図法です。モチーフを切断してしまうという「思いきりの良さ」は、日本の浮世絵から印象派の画家たちが学んだものなのです。
●現代美術ギャラリー
またクンストハレでは97年2月23日に「現代美術ギャラリー」がオープンしました。第二のモダーンと呼ばれる19960年代以降の作品を5600平方メートルの新展示場にて見ることが出来ます。これで、従来の展示スペースが約2倍となったわけです。シンメトリック外観の新ギャラリーは、ドイツ建築家の教祖的存在のオズワルド・マティアス・ウンガースによるもので、矩型をライトモチーフにした明るくて軽い感じの建築に仕上げています。ウンガースの作品は、国内外で高く評価されています。外観からは一見してどっしっりとした「四角い箱」にしか見えないのですが、中に入って3階まで吹き抜けの天井を見たとき、多くのガラス窓から差し込んでくる光のハーモニーによって、内部空間が外観に反して「軽く」表現されているのに驚くことでしょう。
所蔵されている作品は、アメリカとドイツの作家を中心としたものですが、残念ながらそれほど良質の作品が展示されているわけではありません。また、旧東ドイツや東欧諸国、日本をはじめとする東アジアの現代作家がほとんど展示されていないことも、物足りなさを感じさせます。おそらくダイヒトアーにある現代美術ギャラリーとのバッティングを避けた展示になっていると思うのですが、「ハンブルクのクンストハレは世界の現代美術を展示する最高のチャンスを逃した」というのがもっぱらの評判です。
●カフェ、その他
旧館の地下に「カフェ・リーバーマン」があります。展示面積があまりに巨大なので、ここで一度は休むほかないでしょう。残念ながら、とりたててお勧めのものはありません。現代美術ギャラリーのほうには、朝の1時(!)までやっているビストロも出来ました。ミュージアム・ショップとともに美術館を利用しなくても入れる作りになっています。クンストハレでは常設展示の他に、特別展示、小企画展示、公演会なども随時催されています。また、「TiK」(タリアテアター・イン・デア・クンストハレ)では実験的な演劇も多く上演されています。詳細はクンストハレ・ホームページ、および各種情報紙、クンストハレ発行のパンフレットなどをご覧ください。また、友の会の募集も行われており、会員には様々な特典が用意されています。
住所 Deichtorstr. 1-2
電話 040-323763
時間 月曜休館、火曜日〜日曜日11-18時、木曜日は21時まで開館
交通 U1 Steinstrasseからすぐ
この現代美術館はその昔、青物市場として使われていました。それまでメスベルクとホップフェンマルクトにあった市場が手狭になったため、ダイヒトアに統合されたのが1911年のこと。販売面積が29.000Fあって地下室も作られ、一部は倉庫として利用されました。青物市場として使われる前は、ベルリン行きの汽車が発着する駅でした。ちなみにハンブルクの中央駅が建設されたのは1906年ですから、今から90年も前のこと。中央駅の前身はお墓ですが、いまだに幽霊が出たって話は聞きません。《ひめ》
《ひめ》さんも書いていてように、ここは以前青物市場として使用していた赤煉瓦の建物をその雰囲気を壊さないよう現代美術館に改築したもの。他の美術館などとは違い、中央駅南の倉庫街にあり港街ハンブルクにしっくりとなじんだ素敵な建物。
ここでの展示は写真展が多く、記憶に新しいところではボーグなどのファッション雑誌のグラビア写真や女性の裸体写真で有名なヘルムート・ニュートン展が話題をよんでいた。その他、キース・ヘニングの大回顧展では彼がペイントしたBMWも展示され、連日超満員の大入りだった。この回顧展に来た多くのハンブルガーは、もしこのダイヒトア・ハレがなかったらキースの作品を展示できる場所がハンブルクにはなかったことを実感したと思う。
毎夏にはJAZZフェスティバルがここで行われ、コンサートホールに変わる。《きつね》